やっぱり自衛隊はAKB48で行きましょう ∠( ̄▽ ̄*
自衛隊よりかっこいいですね

中国人や朝鮮半島の人々は『日本人昔何をした』といいますが、私たちはそれに対して何もいう必要はありません。黙して語らず――私たちの心情は彼らには理解できないでしょう。
そこは私たちの聖域であって、彼らが入ってくることは難しいでしょう。

2011年9月25日日曜日

ロシア軍、日米演習海域に侵入――ちょっと古いですが

あまりテレビを見ないのでこんなことがあったのかと、あらためてロシアの脅威を感じました。

我々の時代はもちろんソ連の脅威がマックスであった時代で、奴らをロスケとよんで臨戦態勢でいました。
怖い時代でした。が、こんな時代でもまだロシアの脅威が続いているとはちょっと信じられない驚きです。
だいたい、ロシアの北方領土に対する執着は恐ろしいほどです。というか、しつこい。←←←奴は嫌いだ。
マジな話、力で奪い取るしかないんですよ。そのためにも最優秀の大陸型戦車が必要なんです。
(私もけっこうヤバイ奴ですが……)



戦争は確かにいけない。だが、事ここにいたり、列強といってもよいほどの軍事力に囲まれた日本列島は、脅威にさらされた島といっても過言ではない。平和憲法などクソくらえだ……

世界の戦う女たち――なでしこジャパンフォース負けるな

日本の婦人自衛官(WAC)さん、負けてませんか?

けっこういいですよね なんかこう……戦う気なくしちゃうんですけど……
かわいいっすヾ(^▽^)ノ やっぱ 戦うのやめよ \_(-o-)_/


な、なんと( ̄□ ̄;)!! 優香そっくりの人がいますね!!!
戦えね~よ……これじゃ! 自衛隊、エロ仕掛けで全滅じゃ~~~

やっぱ中国もいいかな~~ まようぞこれは( ̄□ ̄;)!!

どうでもいいけど、赤い征服の子たち、どう見ても戦う気ね~ぞ!(・~・;)

2011年9月11日日曜日

西部方面連隊――がんばる

九州に西部方面連隊などという部隊があると知ったのは、この動画が初めてです。




私は与那国に防衛の最前線基地を作ってもらいたいと思う。空挺は沖縄に基地を移せばいいですね。
かなり威圧になり、日本の覚悟が敵側に知らされるわけです。
沖縄はかつて大変な目に会いました。自衛隊が入ってはいけませんか? しかし、いずれにしろ中国と日本の中間にあって戦いは避けられないのです。どちらにころんでも。
与那国に基地があれば台湾方面に睨みを効かすことができ、台湾になにかあればすぐに助けることができますから。目前には台湾の首都台北を望んでいます。台湾は親日らしいので、ほってはおけません。




2011年8月31日水曜日

自衛隊ホラー 

――これはまぐまぐのメルマガに掲載した記事です。
「スピリチュアル・ワールド ニュース」――心霊ものですからね。――



空挺のある習志野駐屯地はもと陸軍の騎兵隊のあったところとされています。
そこで、じ、じ、実は世にも恐ろしい怪奇現象があったのでしたぁ~~~ 
これは筆者が直接、た、た、体験したことである……

俺が初めて空挺に配属され、三ヶ月の教育を受けた。それでもまだ空挺隊員
ではなかった。空挺隊員になるには、さらに鬼の空挺教育隊に三ヶ月入校し
なければならなかった。そこでもだめな奴はふるい落とされた。こうみえても
俺はエリートなのだ ( ̄ー+ ̄)フッ

そのときにぶっこまれたのが、もと米軍が使っていたとも、明治以来の騎兵隊が
使っていたとも言われていた古い隊舎だった。
作り的にはどうやら米軍仕様らしい。平屋の映画でよく見るような簡単な、
そういえばアメリカっぽい隊舎だった。離れには便所のある屋舎があったが、
そこの便器も大型でどうも日本人には大きすぎた。
なぜかというと、終戦当時、米軍が駐留していたらしい。
そこで日常を過ごし、訓練に明け暮れた。
「槍(馬九郎)!!きさまたるんどる ヽ(*`Д´)ノ もう一周してこい。」
「槍!!なんばしちょっとか。かがみ跳躍十回 ヽ(*`Д´)ノ」(鹿児島出身)
「槍!!なんだその落下傘の着け方は!! ~~ああ、これが悪いつけ方だ」
(亀の子になっていた。)

『空挺 落下~傘 1,1,1,2…… ……』
夕方、仕上げの走行訓練は、空挺旗を掲げた旗手を先頭に、4列の隊伍を組んだ
映画で見るそのものだった。

ある夜、同期たちが「俺、昨日の晩、トイレに起きたら、中から軍歌が聞こえてきたんだ。」
「え~~~ ヽ(*~Д~)ノ ほんとかよ~~」と話しているのを聞いた。
トイレには開かずのドアがひとつあり、気持ち悪かった。それから夜の用足しは秒速で
行うようになった。直接は見なかったが。

そして俺の体験だ。
それは日曜日のことだった。もちろん訓練などない。
ふつうに昼ごろ、その離れのトイレだけある隊舎で洗濯をしていた。
洗濯終わって、さあ出ようとしたとき、突然、
  「うお~~~~っ」と馬鹿でかい半狂乱のような大声だった。
びっくりして、隣でまだ洗っている二人のところに飛んで行った。
すると、ふたりは何食わぬ顔で洗濯をしており、拍子抜けして、どうしたと
聞こうと思ったが、訊ける雰囲気ではなく、お前こそどうした!といわれそうで、
馬鹿馬鹿しくなって部屋に帰った。
やはりどう考えても不思議だった。
壮絶な突撃するときの声のようで、まさしく悲壮感が漂った、悲しげな
声であり、いつも見知っている彼らが、こんな発狂したような声を出せ
るものでもないと思った。さらに不思議なのは、私以外にその声を聞い
たものはいなかったことだ。そして、彼らはその後何も言ってこなかった。
ふざけていたのではないのだ。しかも、昼日中の天気のいい日だった。
まったく不思議だ。
推測するならば、旧陸軍の自殺したか、戦死したか、の騎兵の霊が、
悔しい胸のうちをおれに吐露してくれたのかとも思った。
真相は不明であり、俺はそのことを誰にも話さなかった。信じてもらえ
るかさえわからなかったのだ。そして、これは数十年たって、はじめてここに
明かす誰も知らない体験談である。

              ちゃんちゃん←ちょっと古いですか (^^ゞ


ところで最近サバイバルゲームとかしたくなりました。ミリタリーグッズで軍用品を買って、アウトドアでエアーガンなどを思いっきり撃ちたいですね。最近太り気味だし。自衛隊グッズもいいかな

2011年8月22日月曜日

知っていましたか?パラオでのいまだに語り継がれる美しい話を?

この動画をもう何十回再生しただろうか?
いまもこれを見て涙を流した。
ペリリュー島で水戸師団が雄雄しく戦い散っていった。
これは駐屯する日本兵と島民との間の涙をそそる物語です。
……さらに号涙 (; ̄□ ̄;)
……        ;     ;  




シノビ

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